コラム:「働く」ということ【俺の話は長い#4】

2019年11月05日

■ニートは闘っている

主人公の満は6年前から無職でニート中。家族やご近所さんからも、いい加減働かないとね、という無言の圧力が。そんな折、近所に住む営業マンの薗田さんから、うちで営業をやらないかと誘われる。

なんとか満を働かせようと躍起になっている周囲に満が放った言葉が・・・

「なんなの?さっきから聞いてりゃ、働く気のない人間に上から目線で働かせようとして。恥ずかしいと思わないの?」

「君たちのやろうとしていることは、動物園のライオンに檻から出て自分で獲物をとってこいと言っているようなもんだよ。」

「確かに、檻に入っているから毎日餌は出てくるし、ラクしているように見えるかもしれない。だけど、周りから笑われて、指さされて・・・闘っていないように見えて、夢と孤独のはざまで闘ってんだよっ!」

私たちはもしかしたら、ニート状態の人のことを勝手な妄想で捉えてやしないだろうか。

自分の勝手な妄想で相手をジャッジし、自分の価値観に押し込めようとする満の周囲の人々を観ていると、私もいつの間にかステレオタイプになっているのではと危機感を感じずにはいられない。


■働いている者の無意識のエゴ

実は前出の薗田さん、満がカフェに来る前に、店員にこんな暴言を吐いていた。ニートの満のことを「社会と言う名の列車に乗り遅れてかわいそうなやつ」と。

「働く」とはいったいどういうことだろう。

確かに、働かなくても困らない人はたくさんいる。一方で、働いているから心を病む人もたくさんいる。私たちは、社会人になったら働くことが当然と思ってやしないだろうか。働かない人に対して、その人の事情も聴かず薗田さんと同じように「かわいそうなやつ」と思ってはいないだろうか。

ひとりひとり「働く」ことの"意味"が違うということ。私たちは、その”意味”の違いは何かを互いに共有する必要がある。

もしかしたら、自分の価値観を人に押し付けることこそ、相手の心に土足で踏み込むようなことなのかもしれないね。