コラム:満足のいく人生【4分間のマリーゴールド#4】

2019年11月09日

入院患者の二条さんは、ひとり手術を控え不安な気持ちでいっぱい。二条さんには一人娘がいるものの、娘さんが大学生のころに喧嘩をしてしまい、そのときから何年も会っていない。

■誰が満足?

その喧嘩の発端は、娘を心配するあまり、「〇〇の大学に行ったほうがいいわよ」といったような母親の発言から。

結局、娘は母親のすすめる大学に行ったものの、最後に母親にこう言い放った。

「お母さん、これで満足?」

親は良かれと思って、子どもの選択をいとも簡単につぶしてしまう。
それは、子どもがけがをする前に、あらゆる危険を排除するということ。
もちろん、子どもがけがをすると予測ができるのなら、そうならないようにするのが親の役割でもある。

ただ、人生はどうであろうか。

その選択は不幸になるのだろうか。

その予測は親の勝手な憶測にすぎはしないだろうか。


■どんな人生も自分が選べる

そんな母親のひいたレールを歩きたくないから、娘は家を出て、自分が選んだ道を歩んだ。それがたとえ苦難の道だとしても、親のすすめた道を選ばなかったことを後悔はしないだろう。

なぜなら「自分の人生は自分で選ぶ」それが"自由"といえるからだ。

それが証拠に、ドラマで娘は、母親のことを心配して手術の前に駆けつけてきた。

親の言う通りに生きる子どもが親と同じ思いだとは限らない。
親の言う通りに生きない子どもが、「娘に嫌われている」という親の思いと同じとは限らないのである。

私たちは誰もみな、自分の生きたい人生を生きる権利がある。

もし、誰かの人生に口をはさみ、その人が自分の望む人生を選べなかったとしたら、きっと口をはさんだ人は、人生の最後に後悔することだろう。